CoffeeBreakがリニューアルしました。「イイタン」の今や、飯田下伊那地域の旬の話題、季節の出来事をお伝えしていきたいと思っています。

耳よりな話»

看護のこころ仏教のこころ ビハーラ

2007年10 月24日(水曜日) 看護の心仏教の心 ビハーラ, 耳よりな話

看護のこころ

看護は「実践の科学」といわれています。そこには、知識と技術、そして他者に対する尊厳の気持ちが含まれています。本学では既存の看護学と同時に、仏教の教えや智慧を通して人の生老病死について学んでゆきます。
その意味では現代医療に偏りがちな「病を治すという使命」だけではなく、人が生まれ、老い、病いを持ち、やがて死に逝くことは自然な営みであり、これら気がかりなことからについて、看護を受ける方々と看護を行う者が遭遇する場として看護があるといえます。 
 

仏教のこころ

私たちがよく耳にする仏・法・僧とは、「良医」・「良薬」・「看護人」というたとえで伝えられてきたといわれます。
この看護とは、サンスクリット語では「近くに立つ」あるいは「傍らに立つ」という意味を持ちます。
病を持つ人の傍らに立ち、共に語り合いながら、援助する自分もやがて老い、病にかかり、そして死に逝く存在であることを自覚しながら病を持つ人として関わってゆくことが、仏教のこころを生かした看護といえるでしょう。
ビハーラ

ビハーラとは、仏教を基盤にしたターミナル施設の呼称です。ビハーラとは、サンスクリット語で「休養の場所」、「散歩を気晴らしをすること」、あるいは「精舎」「寺」とという意味を持ちます。死に逝く方々にとって、身心の安寧が配慮され、大切な家族や親しい方々と心おきなくお別れができる場として、現在、日本のみならず他の国々にも造られております。
 「死に逝く者と看護する者」という立場から、看護を行なう自分もやがて死に逝く者として自覚を通して、他者の人生の締めくくりに立ち会うことの意味に遭遇する場でもあります。

郷土の珍食 昆虫食のはなし

2007年10 月24日(水曜日) 耳よりな話, 郷土の珍食・昆虫食

伊那谷の土産物屋さんに必ずあるものといえばコレ!
なんと伊那谷は知る人ぞ知る名高い昆虫食文化の宝庫なのだ・・・・・!?

―飯田女子短期大学栄養学研究室― 片桐充昭 教授
人間はそのはじまりから、さまざまなものを口にしてきました。現代では「虫を食べる」という表現は不思議な奇食・珍食に聞こえますが、最もポピュラーな昆虫食として、戦後しばらくまで子どもたちが競い合って採集したイナゴがあります。採ったイナゴは家庭で食されたり、業者に買い取られて学校の重要な施設備品購入費になったりしたということで、その思い出を語る世代があります。行商の「ひび売り」(カイコのさなぎ売り)もよく来ました。
1919年(大正8年)、農林省農事試験場の三宅氏の報告によりますと、日本人の食用昆虫の種類は、55種類にものぼるとされております。県別に見ますと、長野県は17種類で、「第1位」です。
伊那谷の食用昆虫について、「先史及原史時代の上伊那」鳥居龍蔵著(大正15年)に詳しく紹介されています。また、長野県史をはじめ伊那谷各地の市町村誌の民俗編などでも語られています。
信州伊那谷の「蜂追い」はNHKテレビでも紹介されていますので、今もなお珍しい昆虫食文化があることをご存知の方も多いことと思います。
信州・伊那谷の昆虫食の代表的なものといえば、 蜂の子、蚕、ザザムシ、イナゴ、ゴトウムシ・・・・などです。
どうぞご覧くださいね。

蜂の子の巻

「海のない国と称され、猫のまたいだ魚(塩鮭)しかこないといわれた信州では昔からこんなすばらしいものを食っていた。」
山国信州の昆虫食の名を一躍有名にしている代表は、この「蜂の子」でしょう。

いろいろな蜂の子(幼虫)を食べますが、中でも絶品とされる美味なるものは、地蜂の
・シダクロスズメバチ
・クロスズメバチ(「スガレ」と呼ぶ)
であり、缶詰になり販売されています。
 
家庭では炊き込みご飯にして食べます。
伊那谷の蜂談義は食することのみではありません。
 
地蜂の巣を見つけること、捕獲すること、飼育すること、そして食べることにおよぶのです。
話題にことかかない伊那谷の風物詩です。

地蜂は、文字通り地面の下に巣を作っていますので簡単に巣を見つけることはできません。
そこで、餌を採りに飛んできた蜂を追いかけ(それは延々数キロにもおよぶこともある)山野を駆けめぐります。
そうして見つけた巣を捕獲し、自宅の周辺で飼育し、巣が大きくなり蜂の子が程良く育つ秋まで待つのです。
「蜂追い」は、釣り好きの人が川に行くような感覚といってもいいでしょう。
ですから、蜂追い好きの人にとっては、ひとつのアウトドアスポーツであり、「名人」と呼ばれる人がいるのも面白いことです。

蚕の巻

信州伊那谷はその昔、養蚕業・製糸業がさかんに行われていました。
生糸や蚕種がわが国の輸出高の上位を占め、外貨獲得に大きな役割を果していた時代のことです。
絹糸が得られる昆虫には

・家蚕が科 カイコガ
・野蚕が科 クスサン(別名クリケムシ・シラガタユウ)・ヤママユ(天蚕)・サクサン・エリサン

などがあります。
食されているのは主に、カイコガの「サナギ」と「ガ」です。
昭和の初期までは「サナギ」は使いみちがなく、船で諏訪湖に捨てていたということですが、戦争の食糧難の時代に食されるようになり昭和19年には家庭の食膳にのるようになり、この地方の重要な栄養源になりました。現在でもスーパーに並んでいます。
養蚕家では、カイコをそのままつまんで食べたという記述もありますが、伊那谷では「オカイコサマ」と呼んで座敷で飼育したということですから、幼虫をそのまま食べることはなかったと思います。また、薬用にはカイコの「糞」も効用があるという話です。
「サナギ」は『かいこのさなぎ』として、「ガ」は『まゆこ』の名で売られています。料亭などでは「サナギ」を『絹の華』として「ガ」を『信濃蜂』などの名で品書きされています。
 

ザザムシの巻

「ザザムシ」の名前の由来は、「ザーザーと水の流れるところにいる虫」からきています。

天竜の川底に生息するいろいろな昆虫の幼虫をひっくるめて呼んでいるのです。
・トビケラ(イサゴムシ)の幼虫
・ヘビトンボ(マゴタロウムシ)の幼虫
・カワゲラの幼虫
・カゲロウの幼虫
・ナベブタムシの幼虫
などが混ざっています。
専門的には7目11科11種で、昆虫類はそのうち9種というはなしです。昔は主にカワゲラの幼虫であったようです。しかし、このごろはカワゲラに変わって、ヒゲナガカワトビケラ(アオムシ、クロカワムシとも呼ばれている)になっています。
「ザザムシ採り」は天竜川の冬の風物詩となっており、天竜川上流の上伊那地方で行われています。
解禁になるのは12月から2月ころまでです。これ以外の時期に採れたものは泥臭いといわれています。
昨今では、河川の環境が変化し、採取量も減少しています。主につくだ煮にして食べますが、大変高級な珍味になっています。

イナゴの巻

イナゴはずっと昔から食されておりました。
人見必大の「本朝食鑑」(島田勇雄訳注 平凡社東洋文庫1976年)に記されていますから、江戸時代までさかのぼることができます。調理法も、ただ炙って食べるだけでなく、粉にして味を付けたということです。そして、「霧降デンブ」の名をつけていたと記録されているという話です。(畔田翠山「熊野物産初志」1848年)。
また、「いなご蒲焼売」というのが都会にいたということですから(喜田川守貞「守貞漫稿」1853年)、農山村に限らずいろいろなところで食べられていたことがわかります。
今では主につくだ煮にして市販されています。
イナゴには、
・コバネイナゴ
・ハネナガイナゴ があります。

ゴトウムシの巻

その昔、冬をむかえる準備のひとつに、薪わりがありました。
現在のように電気やガスがふんだんに使える時代ではなかったので、農家では山から薪を伐採し、燃料にしました。街に住む人も近村のお百姓さんから薪束を買い、薪わりをしました。
この時、割木の中からでてくる大人の小指くらいの「ゴトウムシ」を炙って醤油をつけて食べるのです。お父さんの薪わりの傍らで子どもたちは、「ゴトウムシ」が出てくるのをいまかいまかと待ちかまえておりました。現在では、薪わりそのものが無くなりました。ですから「ゴトウムシ」はまぼろしの味になっているようです。
「ゴトウムシ」とは何か?
飯田地方では、年配の方がお菓子の「かりんとう」のことを「ゴトウムシ」と呼んでいます。「ゴトウムシ」の焼きあがりの形状が似ていることからそうよばれるようになったらしいのですが、正確なことはわかりません。東北信地方では「ヤナギムシ」「テッポウムシ」中信地方では「トッコムシ」と呼ばれているようですが、ヤナギ・ナラ・クワ・クヌギなどの幹を食い荒らす木喰い虫のことで、カミキリムシなどの幼虫のことです。

伊那谷の昆虫食についての文献

鳥居龍蔵 著 「先史及原史時代の上伊那」 信濃教育会上伊那部会(発売:古今書院)1926.3
長野県 編 「長野県史 民俗編 第2巻(1)南信地方 日々の生活」長野県史刊行会 1988.1
信州大学農学部食を考えるグループ 編 「長寿県・信州の食を考える」郷土出版社 1992.9
向山雅重 著 「向山雅重著作集 山国の生活誌1」新葉社1987.12
高野悦子 大西梅子 共著 「しなのの味」 信濃毎日新聞社 1974.7
竹内利美 編 「信州の村落生活 下 家族・信仰・狩猟」 名著出版 1976.9
柳田国男 著 「定本柳田國男集 第19巻」 筑摩書房 1969.12
※「西はどっち」のなかで、カイコの蛹の呼び名について書かれている。
向山雅重 ほか編 「日本の食生活全集 20聞き書長野の食事」農山漁村文化協会 1986.12
森田芳夫 著 「伊那路の味」(食の文学館第2号)紀伊国屋書店 1987.12
「ふるさとの味 特選257」 日之出出版 1978.11
今村龍夫 著 「イロリ端の食文化」 郷土出版社 199.2
環境アセスメントセンター 編 「天竜川上流の主要な底生動物」 建設省中部地方建設局 1996.3
信州昆虫学会 解説 「長野県昆虫図鑑 上・下」信濃毎日新聞社 1979.7
石井象二郎 著 「昆虫博物館」 修学館(発売:明現社) 1988.4
田中誠 著 「食物としての虫」(シリーズ自然と人間の日本史5虫の日本史)新人物往来社1994.4
松浦誠 著 「スズメバチはなぜ刺すか」 北海道大学図書刊行会 1988.9
高木五六 著 「農業昆虫」(農大農業講座通信教育教材)東京農業大学(発行年 記載無し)
三橋淳 著 「世界に冠たる長野の昆虫食」(前掲「聞き書長野の食事」月報12)
農山漁村文化協会 1986.12
三橋淳 著 「日本の伝統的食用昆虫」(ユリイカ第27巻第10号)青土社 1995.9
三橋淳 著 「世界の食用昆虫」 古今書院 1984.5
ヴィンセント・M・ホートル 著  友成純一 訳 「昆虫食はいかが?」青土社 1996.8
小泉武夫 著 「奇食珍食」 中央公論社 1987.7
平井俊次 著 「ふるさとの健康食品 後編」 飯田中日サービスセンター 1993.9
片桐充昭 粟津原理恵 共著 「伊那地方における食用昆虫調査および食用昆虫の脂質分析法の検討」
              (飯田女子短期大学紀要 第13集) 飯田女子短期大学 1996.5

柿博士がおくる  柿のはなし

2007年10 月24日(水曜日) 柿博士がおくる柿の話し, 耳よりな話

―飯田女子短期大学食品学研究室  平井俊次 教授―
柿に伝わる健康と文化

「柿」のことなら何でもござれの平井教授が分かりやすくおはなしくださいます。

タイトル柿

カキの名の由来

カキの名は、実が赤くなることよりつけられたようです。
江戸時代後期の国語辞典『和訓栞〔わくんのしおり〕』には「柿は實の赤きより名を得たるにや、葉もまた紅葉す、」と記されています。一方、漢字の方は、中国名の柿〔し〕がそのまま用いられました。漢方薬に用いるカキヘタの柿蒂〔してい〕も同じです。この辺りの事情が、平安時代の日本初の分類別漢和辞書である『倭名類聚鈔〔わみょうるいじゅしょう〕』に、次のように記されています。<柿 説文云、柿 音 市、和名 賀岐、赤實菓也>。文中の『説文』は、中国後漢中期の書:『説文解字』〔せつもんかいじ〕のことです。また、同時代の『本草和名』(918年)などの多くの古文書には、「加岐」、「賀岐」の字が見受けられます。この頃は、『延喜式』(927年)によると渋柿の熟しや干し柿を祭礼の菓子として供していたようです。
市田柿
市田柿
柿は の字の略字です。また、は古字です。英名は、Persimmon(パーシモン)です。

カキは、神が食べる最高の食物です

カキ(染色体 2n=90)の学名はDiospyros Kaki Thunberg (ディオスピーロス カキ ツンベルグ)です
。この属名のディオスピーロス(Diospyros;カキ属)は、ギリシァ語のΔιοζπυροζ:Diospyros(ディオスピュロス)に由来しています。このディオスはゼウス(ジュピターの神;Jupiter)を、ピュロスは小麦、穀類、果実を指していると考えられています。すなわち、神の食べ物の意味で、美味な果実を讃えたものです。
ちなみに、Kaki(カキ)は日本語の柿、ツンベルグは、カキの発見者のカール・ペール・ツンベルグ博士(Dr. Carl Peter Thunberg ; 1743~1822年)の名です。彼は、有名なスウェーデンの植物学者カール・フォン・リンネ(Carl von Linne : 1707~1778年)の門弟で、日本に来たことがあります。

カキの仲間

カキノキ科カキ属の植物は、約190種、柿の品種は800~1000種もあります。
このカキの原産地については、日本自生説と中国揚子江沿岸原産地説(奈良時代を中心に渡来した)の2説があります。なお、甘ガキは、わが国で改良されたもので、鎌倉時代以降の文献『庭訓往来[ていきんおうらい] 』などにその名が登場します。

飯田のカキは江戸時代から有名でした

江戸時代の『本朝食鑑』には、「信州の立石に小串柿というのがある。・・・味が浅く、稍(やや)佳(よ)いものである。」と記されています。立石柿が当時、江戸で食べられていたことが伺えます。
飯田市三穂の立石寺に江戸の柿問屋さんが奉納したカキの絵額が2幅あります。1幅は天竜川を下り駿河湾に出て、江戸へ運ぶ道筋と、もう1幅は馬の背に載せて山越えしているものです。

江戸時代の柿

小練
「こねり」
樹上で良く熟れた甘カキ。特に、良質な物を御所柿[ごしょかき]と呼びました。御所柿以外のものを木佐和志[きさわし]と呼んだようです。
仁多利[にたり)、小渋[こしぶ]、根太柿[ねぶとかき]、伽羅柿[きゃらかき]、甲州丸[こうしゅうまる]、美也宇多牟[みょうたむ]、円座柿[えんざかき]、筆柿[ふでかき:これはヤマガキ(山柿・鹿心柿)のことです]などの種類がありました。
佐和志柿・阿和世柿
[さわしがき][あわせかき]
渋カキを黄色に熟れる直前にとり、石灰をまぶしたり、蕎麦がらの灰汁に2・3日浸した後、干して脱渋したもの。
釣柿[つるしかき]
胡慮柿[ころかき]
串柿[くしかき]
いずれも干し柿[ほしがき]です。江戸時代には、乾柿と書きました。
熟柿[うみかき] 樹上で黄熟させてから、稲藁や麻縄で囲い、風雨や禽獣から保護し、霜の後に、紅熟をまって枝から採ったものです。

渋が抜けるとなぜに甘くなるか

カキ渋は、縮合型タンニンと呼ばれる数種類のタンニンの混合物です。渋カキの状態では、水溶性で、味覚神経を収斂し、強烈な渋味を感じます。
脱渋したものは、タンニンがアセトアルデヒド等と結合して水に溶けない状態になり、味覚神経に作用しないため渋味を感じなくなります。
タンニンが糖に変わるわけではありません。
干し柿の乾燥風景
干し柿の乾燥風景

カキの栄養と薬効

◎ 果実は、カキタンニンを大量に含み、血管の透過性を高め、酒酔いに効きます。
◎ 葉は、フラボノイド配糖体を含み、血圧降下に作用があります。高血圧症、動脈硬化症や霜焼け、かぶれ、外傷の血止めに使われます。蒂[へた]は、ウノソール酸、オレアノール酸やヘミセルロースを含み、しゃっくり止めに効果があります。
◎ 果実や葉にはビタミンC、カロチン、食物繊維、カリウムなどが沢山含まれており、成人病、癌などの予防、食生活の改善にも役立ちます。特に葉にはビタミンCが100g中300mgも含まれ、ミカンの5~6倍に当たります。
◎ 生果実には、良質な糖が15~20%位含まれています。そのうち、70~80%がスクロースで、残りがグルコースとフルクトースです。また、干し柿の糖分の約65~70%で大部分がグルコースとフルクトースです。干し柿の糖は、ゆっくり吸収され、廃棄物の出ないクリーンエネルギーです。
◎ 干し柿の白粉は、α-D-グルコースの結晶です。顕微鏡で観察すると美しい結晶が見られます。

柿渋 柿渋
柿渋 柿渋
干し柿の白粉の顕微鏡写真(α-D-グルコースの結晶)400倍

ビタミンC・カロチン・食物繊維の効能

◎ ビタミンCは過酸化脂質などの酸化毒(発癌や老化を進めたり、免疫機能を低下させたりする。)や発癌因子のニトロソアミンの生成を抑制してくれます。
◎ カロチンは、ビタミンA効力の他に、免疫機能を高め、病気に罹りにくくしてくれます。
◎ 食物繊維は、発癌物質や過剰なコレステロール、食塩などを吸着して排泄してくれます。

  <引用文献> ・信州伊那谷の食再訪 ―素材に伝わる健康と文化―
(平井俊次 著 信州日報社 1995年)
・ふるさとの健康食品 ―その効能と食文化:前・後編―
(平井俊次 著 飯田中日サービスセンター 1993年)

甘柿・渋柿の判別法

判別 1.柿を輪切りにする。
 
2.濾紙を切断面に押しつける。
 
3.果汁のしみ込んだ濾紙に0.5%塩化第二鉄メタノール溶液を吹き掛ける。
 
4.呈色を確認する。
 
5.紫青色が強いほど渋みが強い(柿の断面に直接0.5%塩化第二鉄メタノール溶液を吹き掛けてもよいです)

信州伊那谷の郷土料理 ~五平餅の巻

2007年10 月24日(水曜日) 信州伊那谷のお料理レシピ, 耳よりな話

―飯田女子短期大学調理研究室― 今村説子 元教授

飯田女子短期大学調理研究室がお届けする信州伊那谷の郷土料理のレシピです。
このページを見て作られた方、どうぞご意見をお寄せ下さい。
 これからだんだんといろいろなお料理をご紹介いたします。ご期待ください!

五平餅の巻

五平餅(ごへいもち)は、南信濃、駿河の天竜川沿いや、美濃の山村地域に伝わる『晴れ』の郷土料理の1つです。『ごへいもち』は、五平餅の他、五兵衛餅、ご幣餅とも書かれることがあります。また、地域によって餅や串の形、また、たれの材料などに特徴があります。
【飯田地方の五平餅の特徴】
餅は、うるち米 (もち米を少し加えてもよい)を炊いたご飯を、熱いうちにすりこ木で、粘りが出る程度に搗き上げます。搗き上がった餅は、輪切りの竹型で円形に抜き、2個ずつ竹串に刺して、炭火で焼きます。きつね色になったところで、『たれ』を付けて再び焼き上げます。
『たれ』は、信州みそ(または、濃口醤油)に胡桃、ゴマ(またはエゴマ)、山椒(または紫蘇、柚子など季節により変わる)砂糖、味醂、湯などを加えて擂合わせたものです。ゴマみそ、柚子みそ、胡桃みそ、山椒みそ、胡麻醤油など種々の『たれ』が用いられます。
今回は、山椒みそと胡桃醤油の2種のたれを紹介しましょう。

五平餅出来上がり
五平餅手順
材料
各12串分
うるち米
900g(6合)
山椒味噌
(12串分)
味噌
100g
砂糖
100g
みりん
大さじ2
大さじ6
木の芽
山椒の新芽4~5枚
くるみじょうゆ
12串分
くるみ
120g
砂糖
90g
しょうゆ
大さじ6
大さじ4

【作り方】
1. ご飯は普通の硬さに炊き、蒸らしが終わったら、すぐにすりこ木で粘りがでるまでつぶします。
2. 熱いうちに丸く握り、型(飯田地方で市販)に入れて抜きます。
3. 串に2個ずつ刺します。
4. ご飯が冷めてから両面を少し焦がす程度に焼く
  (炭火がない場合は串に刺さないでレンジやオーブントースターで。)
5. たれをつけて再度焼きます。
山椒味噌
1. 鍋に味噌、砂糖、みりん、水を入れ火にかけ、混ぜながら練ります。
2. 1)が冷めてから、みじん切りにした木の芽を加えます。※胡桃、ゴマなどを用いる時には、全材料をすり鉢で擂合せます。
くるみじょうゆ
1. すり鉢でくるみをすりつぶし滑らかになってから、砂糖、しょうゆを入れ、さらにすり、硬さを見て水を加えて擂合せます。

信州伊那谷の郷土料理 ~味噌すいとんの巻

2005年12 月11日(日曜日) 信州伊那谷のお料理レシピ, 耳よりな話

―飯田女子短期大学調理研究室― 今村説子 元教授

味噌すいとんの巻

すいとん(水団)は、関東大震災や第二次世界大戦時の食糧難を経験された方々には、懐かしく、また、切ない思い出の食べ物でしょうか。飯田地方では、『おつめり』とも呼ばれました。小麦粉を湯や水でやわらかめに捏ねて、箸ではさみ切るようにして味噌汁やすまし汁に落として煮上げた『だんご汁』です。団子が浮き上がったら火から下ろします。主食・副食を兼ねた代用食でしたが、ゴボウ、ダイコン、ニンジン、ネギなどの野菜や魚などをたっぷり入れて頂ければ、現代の食生活の改善に役立ちそうです。

みそすいとん

材料 4人分
じゃがいも 250g位(中2個)
かぼちゃ 100g
にんじん 100g位(中1本)
生しいたけ 2枚
長ねぎ 50g位(1/2本)
油揚 2枚
出し汁(煮干) 6カップ
味 噌 50~60g
すいとん  
小麦粉 150g
170~180cc

<作り方>
じゃがいもは1cmの厚さのいちょう切り、かぼちゃは厚さ1.5cmの一口大。にんじんは3mm程度の半月かいちょう切り、生しいたけ、油揚は短めの短冊切り、長ねぎは1cmのざく切りにする。
出し汁の中にじゃがいも、かぼちゃ、にんじんを入れて煮る。じゃがいも、かぼちゃが少し硬めのところへ油揚、生しいたけを加え火を通す。
2)に味噌を溶いて入れ、煮立ったところへ小麦粉生地をを大さじですくって入れ、長ねぎを加え火を通す。
<すいとんの作り方>
小麦粉をボールに入れ、硬さを見ながら水を加え、箸でかき混ぜる。箸で持ち上げた時にポトッポトッと落ちる位の少し柔らか目にすると硬くならずおいしい。

信州伊那谷の郷土料理 ~さば鮨の巻

2005年12 月11日(日曜日) 信州伊那谷のお料理レシピ, 耳よりな話

―飯田女子短期大学調理研究室― 今村説子 元教授

さば鮨の巻

~手作りの温かさを感じる素朴な味~

秋祭り(10月)に飯田市伊豆木地区の家庭で作られる郷土料理の『さば鮨』を紹介します。このさば鮨は、塩さばを酢で締めてから薄切りにしたもの、または、薄切りした塩さばを塩抜き後に砂糖、醤油、みりん、酢などで甘辛く煮たものを酢飯に混ぜたものです。後者の方が生臭みが消えて美味です。椎茸や錦糸卵を添えると一層素敵になります。 さば鮨

材   料
3~4人 分
準 備 ・ 切 り 方等
300g
 
405cc
沸騰後中火5分、弱火15分、蒸らし5分
合わせ酢
40cc
 
砂糖
15g(大さじ2弱)
 
4g(小さじ4/5)
 
塩さば
三枚おろし半身
200g位 皮をむき、骨を抜く
干椎茸
3枚
ぬるま湯200ccにつけて戻し、せん切り
A
椎茸の戻し汁
200cc
 
大さじ2
 
みりん
大さじ2
 
大さじ1
 
砂糖
大さじ1と1/2
 
しょうゆ
大さじ1と1/2
 
生姜
10g
せん切り
錦糸卵
2個
20cmフライパンで3枚焼き、錦糸に切る
砂糖
小さじ1
 
0.5g
 
サラダ油
適宜
 

<具>
1. 塩さばは、皮と中骨を除いてから幅1.5cm位に薄切りにします。
2. 薄切した塩さばは、湯煮をして塩抜きします。湯に大さじ1杯ほどの酒を加えて行うとよいでしょう。
3. 塩抜きしたさばに、材料Aと椎茸を加えて15~20分間煮込みます。
4. 煮汁を切ると、さばの甘辛煮の出来上がりです。
<鮨飯>
1. 蒸らし終わったご飯に合わせ酢をかけ、酢飯を作り、具を混ぜ合わせます。
2 .皿に盛り、上に錦糸卵を散らします。

信州伊那谷の郷土料理 ~おやきの巻

2005年12 月11日(日曜日) 信州伊那谷のお料理レシピ, 耳よりな話

―飯田女子短期大学調理研究室― 今村説子 元教授

おやきの巻

~手作りの温かさを感じる素朴な味~

おやきは、信州の広い地域に伝わる素朴な家庭料理です。有り合わせの野菜を味噌などで味付けしたものや、漬物、カボチャ、あずき餡などの具を、小麦粉生地で包んで焼いたり、蒸かしたりしたものです。昔は、米不足を補う代用食でしたが、最近では、村おこしや土産ものとして注目されています。特に、北信地区が盛んです。 おやき
<皮>

材料 5~6個分
小麦粉(中力) 200g
B・P 小さじ1/2弱
重曹 小さじ1/2弱
砂糖 小さじ1強
100cc
小さじ1強
大さじ1
調理法
 
1. 小麦粉にB.P、重曹、砂糖を混ぜておきます。 
2. 水、酢、酒を合わせておきます。
3. 1)に2)を加え、耳たぶくらいの堅さにねり、30分位ねかせておきます。
4. 5~6コに分け、丸く広げあんを包み15分間蒸します。
<あん>

材料 5~6個分
a.なす
なす 200g
サラダ油 大さじ1と1/2
みそ 40g
砂糖 20g
調理法(a)

1. なすは1cmの位角切りにし、サラダ油をまぶしておきます。
2. みそと砂糖を混ぜておきます。
3. 広げた皮にみそを置き、なすを入れて包みます。

b.切り干し大根
切り干し大根 40g
にんじん 20g
サラダ油 大さじ1と1/2
戻し汁
(だし汁)
適宜
20cc
砂糖 大さじ1と1/2
しょうゆ 大さじ2
調理法(b)
1. 切り干し大根はごみを取り除き、一度ざっと洗ってから、ヒタヒタの水につけて15分位 置き、戻す。戻ったら水気を絞って2cm位の長さに切ります。
2. 人参は2cm長さ、2~3mm角の棒状に切ります。
3. なべに油を熱し、にんじんを入れて炒め、次に切り干し大根を加え、全体に油がまわるまで炒めます。
4. 3)に戻し汁をヒタヒタに加え、煮立ったら中火にして4~5分煮て、酒、砂糖、しょうゆを加え、時々混ぜながら煮汁が残らないように20分位煮ます。

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