郷土の珍食 昆虫食のはなし
伊那谷の土産物屋さんに必ずあるものといえばコレ!
なんと伊那谷は知る人ぞ知る名高い昆虫食文化の宝庫なのだ・・・・・!?
―飯田女子短期大学栄養学研究室― 片桐充昭 教授
人間はそのはじまりから、さまざまなものを口にしてきました。現代では「虫を食べる」という表現は不思議な奇食・珍食に聞こえますが、最もポピュラーな昆虫食として、戦後しばらくまで子どもたちが競い合って採集したイナゴがあります。採ったイナゴは家庭で食されたり、業者に買い取られて学校の重要な施設備品購入費になったりしたということで、その思い出を語る世代があります。行商の「ひび売り」(カイコのさなぎ売り)もよく来ました。
1919年(大正8年)、農林省農事試験場の三宅氏の報告によりますと、日本人の食用昆虫の種類は、55種類にものぼるとされております。県別に見ますと、長野県は17種類で、「第1位」です。
伊那谷の食用昆虫について、「先史及原史時代の上伊那」鳥居龍蔵著(大正15年)に詳しく紹介されています。また、長野県史をはじめ伊那谷各地の市町村誌の民俗編などでも語られています。
信州伊那谷の「蜂追い」はNHKテレビでも紹介されていますので、今もなお珍しい昆虫食文化があることをご存知の方も多いことと思います。
信州・伊那谷の昆虫食の代表的なものといえば、 蜂の子、蚕、ザザムシ、イナゴ、ゴトウムシ・・・・などです。
どうぞご覧くださいね。
蜂の子の巻
「海のない国と称され、猫のまたいだ魚(塩鮭)しかこないといわれた信州では昔からこんなすばらしいものを食っていた。」
山国信州の昆虫食の名を一躍有名にしている代表は、この「蜂の子」でしょう。
| いろいろな蜂の子(幼虫)を食べますが、中でも絶品とされる美味なるものは、地蜂の ・シダクロスズメバチ ・クロスズメバチ(「スガレ」と呼ぶ) であり、缶詰になり販売されています。 家庭では炊き込みご飯にして食べます。 伊那谷の蜂談義は食することのみではありません。 地蜂の巣を見つけること、捕獲すること、飼育すること、そして食べることにおよぶのです。 話題にことかかない伊那谷の風物詩です。 地蜂は、文字通り地面の下に巣を作っていますので簡単に巣を見つけることはできません。 |
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蚕の巻
信州伊那谷はその昔、養蚕業・製糸業がさかんに行われていました。
生糸や蚕種がわが国の輸出高の上位を占め、外貨獲得に大きな役割を果していた時代のことです。
絹糸が得られる昆虫には
・家蚕が科 カイコガ
・野蚕が科 クスサン(別名クリケムシ・シラガタユウ)・ヤママユ(天蚕)・サクサン・エリサン
などがあります。
食されているのは主に、カイコガの「サナギ」と「ガ」です。
昭和の初期までは「サナギ」は使いみちがなく、船で諏訪湖に捨てていたということですが、戦争の食糧難の時代に食されるようになり昭和19年には家庭の食膳にのるようになり、この地方の重要な栄養源になりました。現在でもスーパーに並んでいます。
養蚕家では、カイコをそのままつまんで食べたという記述もありますが、伊那谷では「オカイコサマ」と呼んで座敷で飼育したということですから、幼虫をそのまま食べることはなかったと思います。また、薬用にはカイコの「糞」も効用があるという話です。
「サナギ」は『かいこのさなぎ』として、「ガ」は『まゆこ』の名で売られています。料亭などでは「サナギ」を『絹の華』として「ガ」を『信濃蜂』などの名で品書きされています。
ザザムシの巻
「ザザムシ」の名前の由来は、「ザーザーと水の流れるところにいる虫」からきています。
天竜の川底に生息するいろいろな昆虫の幼虫をひっくるめて呼んでいるのです。
・トビケラ(イサゴムシ)の幼虫
・ヘビトンボ(マゴタロウムシ)の幼虫
・カワゲラの幼虫
・カゲロウの幼虫
・ナベブタムシの幼虫
などが混ざっています。
専門的には7目11科11種で、昆虫類はそのうち9種というはなしです。昔は主にカワゲラの幼虫であったようです。しかし、このごろはカワゲラに変わって、ヒゲナガカワトビケラ(アオムシ、クロカワムシとも呼ばれている)になっています。
「ザザムシ採り」は天竜川の冬の風物詩となっており、天竜川上流の上伊那地方で行われています。
解禁になるのは12月から2月ころまでです。これ以外の時期に採れたものは泥臭いといわれています。
昨今では、河川の環境が変化し、採取量も減少しています。主につくだ煮にして食べますが、大変高級な珍味になっています。
イナゴの巻
| イナゴはずっと昔から食されておりました。 人見必大の「本朝食鑑」(島田勇雄訳注 平凡社東洋文庫1976年)に記されていますから、江戸時代までさかのぼることができます。調理法も、ただ炙って食べるだけでなく、粉にして味を付けたということです。そして、「霧降デンブ」の名をつけていたと記録されているという話です。(畔田翠山「熊野物産初志」1848年)。 また、「いなご蒲焼売」というのが都会にいたということですから(喜田川守貞「守貞漫稿」1853年)、農山村に限らずいろいろなところで食べられていたことがわかります。 今では主につくだ煮にして市販されています。 イナゴには、 ・コバネイナゴ ・ハネナガイナゴ があります。 |
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ゴトウムシの巻
その昔、冬をむかえる準備のひとつに、薪わりがありました。
現在のように電気やガスがふんだんに使える時代ではなかったので、農家では山から薪を伐採し、燃料にしました。街に住む人も近村のお百姓さんから薪束を買い、薪わりをしました。
この時、割木の中からでてくる大人の小指くらいの「ゴトウムシ」を炙って醤油をつけて食べるのです。お父さんの薪わりの傍らで子どもたちは、「ゴトウムシ」が出てくるのをいまかいまかと待ちかまえておりました。現在では、薪わりそのものが無くなりました。ですから「ゴトウムシ」はまぼろしの味になっているようです。
「ゴトウムシ」とは何か?
飯田地方では、年配の方がお菓子の「かりんとう」のことを「ゴトウムシ」と呼んでいます。「ゴトウムシ」の焼きあがりの形状が似ていることからそうよばれるようになったらしいのですが、正確なことはわかりません。東北信地方では「ヤナギムシ」「テッポウムシ」中信地方では「トッコムシ」と呼ばれているようですが、ヤナギ・ナラ・クワ・クヌギなどの幹を食い荒らす木喰い虫のことで、カミキリムシなどの幼虫のことです。
伊那谷の昆虫食についての文献
| 鳥居龍蔵 著 | 「先史及原史時代の上伊那」 信濃教育会上伊那部会(発売:古今書院)1926.3 |
| 長野県 編 | 「長野県史 民俗編 第2巻(1)南信地方 日々の生活」長野県史刊行会 1988.1 |
| 信州大学農学部食を考えるグループ 編 「長寿県・信州の食を考える」郷土出版社 1992.9 | |
| 向山雅重 著 | 「向山雅重著作集 山国の生活誌1」新葉社1987.12 |
| 高野悦子 大西梅子 共著 「しなのの味」 信濃毎日新聞社 1974.7 | |
| 竹内利美 編 | 「信州の村落生活 下 家族・信仰・狩猟」 名著出版 1976.9 |
| 柳田国男 著 | 「定本柳田國男集 第19巻」 筑摩書房 1969.12 ※「西はどっち」のなかで、カイコの蛹の呼び名について書かれている。 |
| 向山雅重 ほか編 | 「日本の食生活全集 20聞き書長野の食事」農山漁村文化協会 1986.12 |
| 森田芳夫 著 | 「伊那路の味」(食の文学館第2号)紀伊国屋書店 1987.12 |
| 「ふるさとの味 特選257」 日之出出版 1978.11 | |
| 今村龍夫 著 | 「イロリ端の食文化」 郷土出版社 199.2 |
| 環境アセスメントセンター 編 「天竜川上流の主要な底生動物」 建設省中部地方建設局 1996.3 | |
| 信州昆虫学会 | 解説 「長野県昆虫図鑑 上・下」信濃毎日新聞社 1979.7 |
| 石井象二郎 著 | 「昆虫博物館」 修学館(発売:明現社) 1988.4 |
| 田中誠 著 | 「食物としての虫」(シリーズ自然と人間の日本史5虫の日本史)新人物往来社1994.4 |
| 松浦誠 著 | 「スズメバチはなぜ刺すか」 北海道大学図書刊行会 1988.9 |
| 高木五六 著 | 「農業昆虫」(農大農業講座通信教育教材)東京農業大学(発行年 記載無し) |
| 三橋淳 著 | 「世界に冠たる長野の昆虫食」(前掲「聞き書長野の食事」月報12) 農山漁村文化協会 1986.12 |
| 三橋淳 著 | 「日本の伝統的食用昆虫」(ユリイカ第27巻第10号)青土社 1995.9 |
| 三橋淳 著 | 「世界の食用昆虫」 古今書院 1984.5 |
| ヴィンセント・M・ホートル 著 友成純一 訳 「昆虫食はいかが?」青土社 1996.8 | |
| 小泉武夫 著 | 「奇食珍食」 中央公論社 1987.7 |
| 平井俊次 著 | 「ふるさとの健康食品 後編」 飯田中日サービスセンター 1993.9 |
| 片桐充昭 粟津原理恵 共著 「伊那地方における食用昆虫調査および食用昆虫の脂質分析法の検討」 (飯田女子短期大学紀要 第13集) 飯田女子短期大学 1996.5 |
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